測定したスペクトルを解析する時に、測定スペクトルのピーク強度、位置を調べる必要が出てくる。主にローレンツ関数、ガウス関数、フォークト関数(ガウス関数とローレンツ関数の畳込みで得られる関数)等を用いて測定したピークとの誤差が最小になるようにピーク強度、幅、位置等を決定する。このような関数を用いてピークの位置、幅、強度を求める解析をピークフィッティングと呼ぶ。下式にローレンツ L(wn) 関数とガウスG(wn)関数を図9AR-1にローレンツ波形とガウス波形の例を示す。
ここでA…最大値、Wn…波数(cm-1)、W0…ピーク波数(cm-1)、γ…半値半幅(cm-1)を示す。
図9AR-1ではA=1, W0=1000.7 cm-1,γ=15 cm-1の例を示した。
ピーク部分を拡大(図9AR-2)してみると、ピーク付近でも形が大きく異なることが分かる。どの関数を使用するかは、スペクトルを解析する担当者の判断によるようだ。幾つかのピークが重なっている場合には、重なり合ったスペクトルの数と波形の種類を決めて分離することも出来る。
スペクトルのピークについてはもう一つ異なった問題がある。スペクトルデータはすべてデジタルデータだと言っても過言ではないと思う。真のピークがデータの間にあった場合、ピーク位置をどのように推定するかという問題だ。図9AR-3にデータポイント間隔の異なるローレンツ型スペクトル例を示した。この例では真のピーク位置は1000.7 cm-1だが、当然データポイントが粗くなるにつれて、ピーク位置はデータポイントと離れてくる。化学反応のモニターする場合、あるいは測定対象の温度が変化する場合等にピーク位置がシフトすることがたびたび見られる。従ってデジタルデータからピーク位置、ピークシフト量を推定することはスペクトルを解析する際に重要な手法になる。
デジタルデータからピーク位置を推定する方法は、大きく2つあるようだ。一つはスペクトルを微分して、微分波形の最大最小の波数(波長)範囲を多項式で近似して縦軸がゼロになる波数(波長)を見つける方法だ。多項式が4次関数までなら解析解が得られるので
一意的にピーク位置(微分スペクトルがゼロになる波数)を求めることが出来る。(図9AR-4
参照)この方法はここでは微分スペクトル法と便宜的に呼ぶことにする。
もう一つは、透過スペクトルの半値全幅の波数範囲で重心(Center of
Gravity)を求める方法だ。この方法はCOG法と呼ばれている。(図9AR-5 参照)
微分スペクトル法、COG法共に吸光度、透過率で使用することが可能だが、ここでは微分スペクトル法を吸光度でCOG法を透過率で使用した例を示す。
図9AR-3に示した真のピーク値1000.7 cm-1のローレンツ、ガウス型スペクトル(データポイント:0.2 cm-1, 1 cm-1, 2 cm-1, 4 cm-1 )について微分スペクトル法とCOG法でスペクトルピークを予測してみた。表9AR-1に示すように微分スペクトル法は使用波数範囲(表9AR-1の備考に4次式の近似した範囲を記載した。)を狭く取れば分解能にあまり依存せず非常に良い結果を出した。一方COG法は微分スペクトル法に比較して推定値と真値の差が大きい。これはデータポイントが正確に半値全幅を示すポイントになく重心計算に誤差を生じたためと推定する。COG法を使用する場合は分解能を細かく(FTIRのデータで分解能が粗い時はゼロフィリングを入れて見かけ上分解能を上げる)する必要があるようだ。今回示したデータでは、分解能が荒くても比較的正しいデータを出す微分スペクトル法の方が実用的と思える。実際のスペクトルは必ずしもピーク値に対し左右対象ではなく使用時の選択には注意が必要だと思う。ASTM等の規格はCOG法を採用している。