2016年11月1日火曜日

<文献検索から>(22) 正しいツールの選択:赤外全反射吸収測定アクセサリーの分析性能の比較


題名:Selecting the Right Tool: Comparison of the Analytical Performance of Infrared Attenuated Total Reflection Accessories
著者:T. Schadle, B. Mizaikoff
出典:Applied Spectroscopy 70 (6), 2016, 1072-1079 
<用語と解説>
ATRAttenuated Total Reflection)…他の文献に使用されている赤外全反射吸収測定と訳した。
ATRに使用されている素子は、一般にIRE(Internal Reflectance Element)と呼ばれ内部反射素子と呼ばれるが、原文ではIRE, ATR結晶等が混在しているため,ここではATR素子とした。
【抄録】
光学的な分析技術において、中赤外(MIR)分光法は、ルーチン分析だけでなく、有望な計測ツールとして注目されている。2.525μm領域における透過スペクトルは、固体、液体、または気体のサンプルを分析するために最も一般的に適用される測定技術の一つである。しかし、従来の赤外分光法を用いた不透明なサンプルの直接分析は、溶媒等の強いバックグラウンド吸収のために測定できない場合がある。 ATR測定法 は、全反射の基本的な原理に基づいている分光法で、透過法に代わる有用な測定法である。生物医学、環境用途を含む広い範囲のサンプルに適用可能で、学術および産業界で広く使用されている。そのため、現在様々なATRアクセサリーが、あらゆる種類のFT-IR分光計用に市販されている。ATRアクセサリーの性能および感度は、主にATR素子の特性によって決定される。ATR素子としては、セレン化亜鉛(ZnSe)やシリコン(Si)が頻繁に使用されるが、赤外分光の窓に適した様々な材料、ゲルマニウム(Ge)、臭化タリウム(KRS-5)、ダイヤモンドに加えて、光ファイバーの用途に適したカルコゲナイドガラスや多結晶ハロゲン化銀等も使用することができる。
  種々の選択ができるために、特定のアプリケーションに最も適切なアクセサリーやATR素子を選択することは難しい。ATRを含む様々な装置構成で多数の文献があるが、利用可能なATRアクセサリーを選択するための感度及び信号対雑音比(SNR)を含む絶対性能を比較するという考え方はない。本研究では、いくつかのATR素子を含む四つの異なるATRアクセサリーについて、簡単かつ容易に入手可能なサンプルを使用して評価を行った。
<ATRアクセサリー>
以下の4種のアクセサリーについて評価を行った。
Type1……  1500psiの圧力まで動作可能な液用のアクセサリー。サンプル液は円筒状 
                (82mm×6.4mm)のATR素子(Ge又はZnSe)の周囲を流れ、測定室の体積は
                1.3mLある。赤外光はATR素子の表面を12回反射する。
Type2-1……少量のサンプルボリューム(2300μL)で測定可能な生物製剤サンプルの
                研究に適した7又は8回反射する400μm厚のSiにコーン状のZnSe結晶がSi
                円板に結合されATR素子となっている。
Type 2-2……Type2-1とよく似た構造を持っているがSiの厚さにより(350μm又は
                   250μm)12また23回の内部反射になる。入射角は30°。ATR素子に
                   ダイヤモンドを使用する場合 (250μm)45°になる。
                   サンプルボリュームは2300μL測定が可能である。
Type 3……台形のZnSe ATR素子を持ち内部反射は10回で、45°の端面で赤外光を
                入射させる。実効的なATR素子の大きさは6cm×1cm
<サンプル>
溶存炭酸ガス水溶液……脱イオン水に炭酸ガスを飽和(1.7g/L21℃、1気圧)させ、
1:2,1:3,1:4に希釈させた。
炭酸カリウム水溶液……5g/Lの水溶液を1:2,1:3,1:4に希釈させた。
酢酸ナトリウム水溶液……10g/100mLの水溶液を1:2,1:3,1:4に希釈させた。
<性能評価>
ATRアクセサリーの性能が、感度、SNR、ノイズ(Peak to Peakノイズ比)、効率(感度/ノイズ)で評価された。評価に使用したピークは、溶存CO22343cm-1、酢酸は1550及び1413cm-1、炭酸カリウムは1390cm-1である。スペクトルはそれぞれのATRアクセサリーにより大きく異なる結果になっている。また同じ構造のATRアクセサリーでもATR素子の材質によりスペクトルは大きく異なる。
   それぞれの感度を決定するために、ピーク面積に対する濃度の校正関数が求められた。積分領域は CO2 2347-2333cm-1,酢酸:1570-1505cm-1, 炭酸:1465-1310cm-1である。校正関数から感度(吸光度変化/濃度変化)を得た。感度はATR素子材質だけではなくアクセサリー構造により大きく異なる。又波数領域により感度は大きく異なり、1390cm-1で相対的に感度が悪いものが1550cm-1では感度がよくなる場合もある。
<複数反射と実行浸み込み深さについての考察>
従来のATR 理論では、近似的にn回反射の吸光度は1回反射のn倍になる。しかし実験でATR素子の反射回数を12から23に変えても吸光度は2倍にならない。これを解釈するために2つの仮説をした。
1. スペクトルにおける吸光度の変化は、反射回数よりも光学的スループットに関連する
    ATR素子の位置と品質、全体の調整に依存する。
2.理論的計算は巨視的なスケールで台形のATR素子を考えていて、実際の薄い
    ATR素子を用いたZnSeと結合したシステムに直接適用できない。
<ノイズレベルと効率>
感度のほかにノイズ(Peak to Peak)とSNRが性能を考える上での重要なファクターとなる。ATRアクセサリーのノイズを決定するために、それぞれのアクセサリーで水の2つのシングルビームスペクトルが連続して測定され、吸光度に変換された。SNRPeak to Peak比)の対象となる波数域は2500-2300 cm-1及び1600-1300cm-1である。ノイズは感度と逆の関係にある結果となった。又ATR素子の材質と反射回数が同じATRアクセサリーではほぼ同じノイズになった。SNRは感度とほぼ同じ傾向となった。感度は反射回数が増すと増加し、ATR素子の厚さが薄くなると減少するので、ATR素子の開口が減少することを考慮すべきだ。そのためATR素子を通すと光は減少し吸光スペクトルのノイズは増加する。これをより深く表すためにそれぞれのATR アクセサリーの効率Ef(平均感度/平均ノイズ)という考え方を導入した。構造がほぼ同じTypeIIATRアクセサリーで反射回数8,12,23の効率を計算したところATR効率は反射回数ときれいな相関があることが判った。
<結論>
再現がよく、簡単な調合が可能な標準サンプルを使用して 構造が違うATRアクセサリーと異なったATR素子材質の性能の比較とランク付けをするために感度、SNR、新しく導入された効率を調べた。4種のATRアクセサリーといくつかのATR素子材質を比較することによって性能の大きな差が明らかになった。このような研究が広がり、応用分光研究者のためのデータベースができ、個別の測定のため最も適当なアクセサリーの選別を支援するようになることを期待する。