2015年1月6日火曜日

<文献検索から>(13)赤外・近赤外吸収スペクトルにおける分子間相互作用のとらえ方


著者:池羽田 晶文
出典:ぶんせき 2009 No5 P250
【抄録】
赤外や近赤外の吸収スペクトルは、Beer の法則に基づいて定量分析に使用することが出来る。しかし,Beer の法則は非常に狭い濃度範囲でのみ成り立つ理想的な法則である。その適用範囲を制限しているのは分子間相互作用である。ほとんどの身近に存在する凝集系では分子間相互作用が起きる場合が多い。分子間相互作用が起これば、夾雑物の種類、濃度,又温度・圧力などの物理的要因によっても波数シフト波数シフトが起こるため,吸収バンドは一般的にブロードになりその中には様々な結合種に起因するピークが重畳していて、これを分離して帰属するのは容易ではない。単に何かの成分を検量するだけの目的であれば,機械的な解析でも十分かもしれない。近赤外分光法 などはこうしたスタンスで成功を収めていると言える。しかし何故定量できるかの物理化学的根拠が棚上げされたままでは分析法としての深化が望めない。水のO-H伸縮振動バンドを例に水素結合種の分類について従来の解析方法を概観する。
2次微分>スペクトルのベースラインシフトとトレンドの除去を目的としてスペクトルの2次微分して、2次微分スペクトル強度から定量分析を行うことが多い。検量線の作成だけが目的なら問題ないが物理化学的考察を志向するならば他の方法も検討すべきである。
<カーブフィット>ガウス分布やローレンツ分布を仮定した最小自乗フィッティングは古くから検討がされている。どのようなモデルを立てるかで分子種の数は恣意的に決定できてしまうという欠点がある。
<差スペクトル法>Beerの法則が成り立つ範囲(モル吸光係数が定数の場合)では有効だが、その範囲は狭く、モル吸光係数を変数として考える必要がある。モル吸光変数を変数として行った解析では水素結合種他の分類が可能であることが示されている。
海外の近赤外関連の学会に出席したが、このような解析例は無くほとんどが2次微分スペクトルの比較に終始していた。
【読後感】
この「ぶんせき」の記事は、《話題》として掲載されたもので論文ではない。しかし多くの問題点を指摘していると考える。文章の流れから、筆者の言う機械的な解析は2次微分スペクトル等を使用した定量分析をさすと思われる。筆者は<単に何かの成分を検量するだけの目的ならば機械的な解析で十分かも>と記しているが、この”機械的な解析”が分光分析の実用的な応用範囲を制限している要因の一つと思える。実用の世界では、定量測定で期待される精度がある。機械的な解析結果が期待精度に及ばないと分光法の定量限界と考えて、それ以上の検討をしないことがしばしば見られる。この記事にある波数シフト、差スペクトル等の解析手法と定量分析の組み合わせは、精度改善に効果的で分光分析の可能性を広げるように思う。機械的な解析は簡単な手順で行えるため分光分析法の普及に大いに役立っていると思うが、同時に応用の可能性を制限しているように思える。

2014年12月3日水曜日

<文献検索から>(12)菌根菌有無による培養根の近赤外と赤外域の分光学的な特性


(題名:Mid-Infrared and Near-Infrared Spectral Properties of Mycorrhizal and Non-mycorrhizal Root Cultures)
著者:F. J. Calderon, V. Acosta-Martinez, D. D. Douds Jr., J. B. Reeves III, and M. F. Vigil
出典:Applied Spectroscopy, Vol.63, No5: 494-500 (2009) 
【用語】
アーバスキュラー菌根菌……菌根のうち大多数の陸上植物の根にみられるもの。菌根(きんこん)は、菌類が植物の根に侵入して形成する特有の構造を持った共生体。菌根を作る菌類を菌根菌という。日本の主要経済樹種であるスギやヒノキはアーバスキュラー菌根性で、アーバスキュラー菌根の機能としては、リン等の吸収促進、耐病性の向上、水分吸収の促進の3つが挙げられる。このため、アーバスキュラー菌根が形成されると作物は乾燥に強くなり、肥料分の乏しい地でも効率よく養分を吸収してよく育つようになる。

【抄録】アーバスキュラー菌(AM)は多くの農産物と共生関係にあり、しばしば土壌の改質と生産量を増やす効果がある。菌根菌は宿主から炭水化物を得て脂質として蓄える。これらの菌の脂質には通常には無い脂肪酸があり、菌根菌のマーカーとして使用できる。従来菌根菌の検出は、顕微鏡の観察と形態学的な解釈によって行われていた。脂肪酸分析法として脂肪酸メチルエステル分析があるが破壊的サンプリングで湿式化学の手順とガスクロマトグラフィが必要になる。NIR(近赤外)とMIR(中赤外)の拡散反射分光法は穀物、飼料、土壌のような農業物質の迅速で非破壊でできる分析法として確立している。
菌根菌の定着を調べるマーカーを見つけるために、菌根菌がある物(M)と無い物(NM)のニンジンの根の分光学的特性をフーリエ変換型の近赤外と赤外分光器を使用して求めた。菌根菌の感染を確認し脂肪酸マーカーの存在をし食べるために、根サンプルの脂肪酸の構成が調べられた。根の他に標準脂肪酸、純粋培養した腐生真菌、キチンが、サンプルのスペクトルバンドを同定するために調べられた。MNMサンプルのスペクトル的な差を調べるために主成分分析(PCA)が使用された。近赤外スペクトルでは、前処理を行わず良い分離結果が得られたが、赤外領域ではSNV(Standard Normal Variate)Detrendingが使用された。PCALoadingは、菌根菌有りのサンプル(M)は、400,1100,1170,1690,2928,5032cm-1付近の吸収によって特徴づけられていることを示し、菌根菌無しのサンプル(M)1734,3500,4000,4389cm-1付近に特徴のあることが分かった。結論としてアーバスキュラー菌有無はNIR MIRを使用して判別可能で、他の方法に比べ迅速で便利である。

2014年11月6日木曜日

<スペクトルあれこれ>(8)スペクトルの標準物質

スペクトルを測定する際に、分光器が健全な状態にあるか判断するために標準のサンプルを使用してチェック(校正)できると都合が良い。赤外分光、近赤外分光、ラマン分光では、それぞれ校正用の標準物質と校正に都合の良い波数が決められている。
 この標準物質と波長については、JIS, NIST (National Institute of Standards and Technology), ASTM (ASTM International,旧名:American Society for Testing and Materials)等に記載されている。NISTに準拠する標準サンプルとその証明書は幾つかの会社から販売され、資料も豊富なのでここでは、NISTの規格を中心に説明する。表8AR-1に各規格のNoと代表的な標準物質を示す。
                               


それぞれの規格では、標準サンプルとそのスペクトルピークの波数が決められている。赤外域のポリスチレンサンプルのピークは子細に検討(例:NIST SRM1921)され、そのピーク位置は理科年表にも掲載されている。ポリスチレンサンプルは、代表的な赤外域の標準サンプル(近赤外、ラマンでは正式な標準サンプルと認められていない)だが、しばしば近赤外あるいはラマンの内部機器標準として使用され、代表的なピーク位置(波数)が論文等で紹介されている。赤外と近赤外域で高分解能分光器の標準サンプルとして水蒸気がしばしば用いられる。
 近赤外域では、反射測定が良く使用されることもあり、NISTでは希土類酸化物を使用した標準サンプルのピークが透過(SRM2035)と反射(SRM2036)に記載されている。近赤外域の水蒸気スペクトルでは7300cm-1付近が、高分解能FT-NIRの標準ピークとして使用されているようだ。
 ラマン分光用のNISTの標準物質は、ブロードなピークを持ち多項近似式の係数が定められている。NISTの標準では励起波長により標準物質が異なり785nm励起ではCr2O3がドープされたガラスが使用されているが、一般的な液体サンプルとしてはシクロヘキサンが使用されている。以下に標準物質のスペクトルと代表的なピーク波数を示す。