2014年2月11日火曜日

<文献探索から> (7) 成熟したウサギの皮質骨の赤外 (FT-IR) とラマン分光による解析の比較


題名:
Comparison Between Infrared and Raman Spectroscopic Analysis of Maturing Rabbit Cortical Bone
 著者:Mikael  J. Turunen, Simo Saaarakkala, Lassi Rieppo, Heikki J. Helminen, Jukka S. Jurvelin, and Hanna Isaksson
 出典:Applied Spectroscopy Vo.65, No6, 2011
【抄録】この研究の目的は若いウサギから年取ったウサギまでの骨組成を赤外(FT-IR)と近赤励起のラマン分光(Raman)(それぞれの顕微システム)を使用して調べることである。
成熟期間中に骨の有機的/無機的な分子組成は変化する。FT-IRRamanの結果から骨の構成の定性、定量的な解析に相補的な情報が得られることは以前に報告されている。しかし多くの骨の分光スペクトル的な特徴、特にIR とラマンの差は十分に理解されておらずまだ検討の必要がある。メスのニュージーランド白ウサギの若いものから成熟したものの肩関節が研究対象になった。FT-IRRamanを使用して年齢間の骨の有機組成に関係するスペクトルピーク、強度、比が解析比較された。
成熟する間に種々のパラメーターで重要な変化がFT-IR又はRaman一方あるいは両方で観測された。概してRamanスペクトルから得られた情報は、FT-IRからの情報と良い相関があった。FT-IRスペクトルからのピークとコラーゲンの架橋には高い相関があり、コラーゲンの成熟度がスペクトルのピークから測定できることが分かった。Micro-CTのイメージング測定とX線ディフラクトメータの結晶度測定から得られた骨-ミネラル密度の比較から骨-ミネラル密度はFT-IRよりRamanの感度が良いことが暗示された。ラマンスペクトルからの結晶性はリン酸塩のピークの半値幅の逆数から決定された。一方IRではリン酸塩の2つの伸縮振動ピークの比から求められた。

【読後感】ラマンと赤外の二つの分光法をどのように比較するのか興味があって読んでみた。Micro-CTX線ディフラクトメータの結果を基準にして、IRRamanを比較している。
この論文の最後に”このような比較をするには注意が必要”とあるが、使用機器の性能の違い等もあり、異なる分光法の正確な比較は難しいという印象だ。実験試料作製のためにウサギを安楽死させたとあり、生物の実験は犠牲を伴うものだと改めて感じた。 

 
 
 

2014年1月4日土曜日

<スペクトルあれこれ>(5) スペクトルを用いた定量分析と定性分析(1)


  定性分析は調査する物質の中に「何が含まれているか」を調べ、定量分析は調査する物質に「特定の成分がどれだけ含まれるているか」を調べる。定性分析と定量分析は元々化学で使用されていた言葉だが最近ではビジネスの世界でも使われることがある。特定の会社の主な市場/客先はどこで、今後はどの市場に注力すると言った分析は定性分析、経営指標に基づき利益率が何%昨年より伸びた、シェアが何%等というのが定量分析になる。
  化学的には、成分が何かであることを明らかにすることを同定ともいい、定性分析には同定と化学構造の決定も含まれる。試料の成分が未知である場合は定量分析の前に定性分析を行う。
スペクトルを用いた定性/定量分析は、同じ分析機器のスペクトルから用途に応じて定性/定量分析を行うことになる。

定性分析スペクトルマッチング
   定性分析で使用される基本的な方法の一つにスペクトルマッチングがある。種々の標準サンプルのスペクトルをデータベースとして使い、未知サンプルのスペクトルと標準サンプルの類似度から未知サンプルを同定する。スペクトルマッチングの一例を図Ar5-1Ar5-2に示す。図Ar5-1には標準サンプルのスペクトルと未知サンプルとして標準スペクトルをそれぞれ-10cm-1、+8cm-1ずらしたスペクトルを疑似未知サンプルの
スペクトルとして示した。Ar5-2は標準サンプルスペクトルと少しずつ±に波数をずらした疑似未知サンプルのスペクトルとの相関係数を示す。Ar5-1に示した疑似未知サンプルA, Bスペクトルは、標準サンプルスペクトルとの相関係数が約0.4程度で、未知サンプルA, Bは標準サンプルとは同定されない。
この例では相関係数が0.9以上になるためには標準サンプルとのピークの位置差が2.5cm-1以内に、0.98以上になるためには1cm-1以内になる必要がある。標準サンプルの同定に使用される相関係数しきい値は、それぞれの応用に基づき異なる値が設定される。
    

 
                           
定量分析Classical Least Square
 一方化学の定量分析では、滴定法、比色法等があるが、赤外分光法、近赤外分光法では測定スペクトルにランベルトベールの法則を使用して定量分析を行う。ランベルトベールの法則を用いる定量分析法の基本的なものにClassical Least Square (CLS)がある。ランベルトベールの法則は<文献探索>(2)に述べたが、

  試料に入射する光強度 ‥‥ Ii   試料を透過して出てきた光強度 ‥‥ Io
  試料の濃度 ‥‥ C  、試料の厚さ ‥‥ l 、試料特有の吸光系数 ‥‥ ε とすると、  

  ランベルトベールの法則は、(5Ar - 1)式になる。      log(Io/Ii)=-ε×C×l  …… (5Ar - 1)
  ここでA=-log(Io/Ii)K=ε×lと再定義すると                 A=K×C         …… (5Ar - 2)  となる。
 
Aは吸光度と呼ばれる。あらかじめ特定サンプルのKがわかっていれば、未知サンプルスペクトルの吸光度Aから濃度Cが得られる。 (5Ar - 2)式をn成分がある試料に適用し、複数の成分による吸光度が重ね合わさっていると考えると波数wnにおける吸光度Awnは、(5Ar - 3)式になる。

          Awn=K11C1+K12C2+----+K1nCn ……(5Ar - 3)

複数(m)の波数に対し拡張すると


           A1=K11C1+K12C2+----+K1nCn
                 A2=K21C1+K22C2+----+K2nCn  ……(5Ar - 4)
                 :       :        :
              Am=Km1C1+Km2C2+----+KmnCn

(5Ar - 4)式は、マトリックスでAKCと表現することも可能だ。標準試料を混合した試料からスペクトルを測定し(5Ar - 4)式からKを得て、未知試料の成分を測定する。

5Ar-3に標準サンプルA(45%), B(35%), C(20%)とそれらを合わせた調合サンプルのスペクトルを示す。
(スペクトルはいずれもポリスチレンのスペクトルを加工した疑似スペクトル)

 

3種類の調合サンプルの濃度とスペクトル吸光度(波数161716021581cm-1)から、マトリックス
A=KCは下記のようにあらわされ、マトリックスを求めることが出来る。

                          
                              


Kが求まると未知サンプルのスペクトル吸光度から各成分濃度が、C=invKAとして求めることが出来る(inv(K)Kの逆行列)。 標準サンプルA,B,Cの濃度が、10%, 15%, 45%の疑似未知サンプルスペクトルから、求めたKマトリックスを使用して未知サンプルの濃度を予測すると

               サンプルA ------ 40.1%
               サンプルB ------ 15.0%
                            サンプルC ------ 44.4%
となりほぼ一致する。誤差要因は吸光度Aの値を3桁にしたことが大きい。CLSKマトリックスとも呼ばれ、ランベルトベールの法則による定量測定の基本だが、構成成分がすべて既知であり、マトリックスの逆行列がゼロにならないこと等の制約条件がある。




2013年12月15日日曜日

<文献探索から> (6) 近赤外分光法を用いた純粋なエチレングリコールとエチレングリコール溶液の分子構造と水素結合の研究


(題名:Molecular structure and hydrogen bonding in pure liquid ethylene glycol and ethylene glycol –water mixtures studied using NIR spectroscopy)
著者:Yujing Chen, Yukihiro Ozaki and Mirosław A. Czarnecki
出典:Phys. Chem. Chem. Phys (2013)

【抄録】エチレングリコール(EG)と水の混合液は、EGがかなり低濃度でもガラス状であり結氷を防ぐので冷媒として広く使用されている。EGは又分子間と分子内の水素結合の相互作用の研究対象でもある。EG及び水との混合液のスペクトルは2次元相関法とMoving Window2次元相関法とケモメトリックスを使って評価された。EGに水を加え濃度を変えると水の結合音(ν(対称伸縮振動)、ν2 (変角振動)、ν3 (非対称伸縮振動))のピーク位置が変化する。
ν2 とν3の結合音(ν2+ν3)では5149cm-195%EG)⇒5166cm-1(50%EG)5182cm-1(100%)と変化するに対し、ν1 とν3の結合音(ν1+ν3)では、6850cm-1(50%EG)6887cm-1と逆にシフトする。CH伸縮振動の変化は純粋なEGの液体とEG-水混合液の構造がOHグループの分子間水素結合によって決定されていることを示している。水の結合音の解析結果はEG高濃度溶液中の水分子はEG2分子で主に結合されていて、この水素結合はバルク水の結合より強固であることを示した。
さらに異なる有機混合水の結果と比べると極性基の総量と分布が有機相における水の溶解性を決定する重要な要素であると結論付けられた。これらの分布は炭化水素鎖の長さと構造に依存し、EG水溶液中のOHグループの個体数と相対的に均一な分布は液体EGの溶解性に影響する。

注)
1) EGは、2価アルコールの一種で分子式はC2H6O2IUPAC命名法では エタン-1,2-ジ オール、あるいは 1,2-エタンジオール
2) IUPAC(アイユーパック):
International Union of Pure and Applied Chemistry, 化学者の国際学術機関

<展示会見て歩記>(9);第29回近赤外フォーラム

【展示会概要】
近赤外線領域(波数:12000cm-14000cm-1(波長0.8~2.5μm)の分光法に関する国内最大の研究討論会、参加人数約250人、口頭発表16件、ポスター発表36件、協賛/展示企業23社であった。展示発表された分光分析計の傾向としては、小型、ポータブル、イメージといったところかと思う。技術的にはMEMS (Micro Electro Mechanical Systems)を使用した微細な光学素子あるいは機械エレメントが実現出来てきて分光システムに適用されたことが大きい。発表された内容もそれら分析計の応用に関するものがあり、手袋に分光計を搭載しイチゴを持つと糖度がわかるような機器とか聴診器を少し大きくしたような分光計の展示もあった。
 このような中でアフリカでサーバル(野生の大型猫?)の雌雄判別を小型のポータブル近赤外分析計を用いて行った例を少し紹介する。サーバルの糞のスペクトルから雌雄の判別をするのだが、糞そのものを持ち帰って分析するの大変で時間もかかるがスペクトルは小型ポータブルの分光分析計があれば現場で簡単に取り解析することが出来る。今回は糞のDNA解析とスペクトルから雌雄判別の可能性を調査した結果、スペクトルからの雌雄判別は可能であるとの結論であった。
 MEMS応用という技術orientedの製品にみえるが、小型/ポータブルの分光計が新しい市場/可能性を生み出すのは確かのように感じた。

2013年11月15日金曜日

<文献探索から> (6) 窒素とエチレンリッチの流路中の塩酸、二酸化炭素、水分のFT-IRによるオンライン連続分光分析


(題名:Continuous Online Fourier Transform Infrared(FT-IR) Spectrometry Analysis of Hydrogen Chloride (HCL), Carbon Dioxide (CO2), and Water (H2O) in Nitrogen-Rich and Ethylene-Rich Streams)
 著者:Serena Stephensen, Maria Pollard, and Kipchirchir Boit
 出典:Applied Spectroscopy No9, Vol. 67 (2013)
【抄録】
光分析技術が化学/石油化学工業において状態変化を連続的に監視できる能力があることは既に証明され、連続プロセスに応用されるOn-lineの分光分析技術例はこの2, 30
年で急激に増えている。製造プラントではしばしば製品の構成やバラツキを抑えることが出来ないで、何がプラントで起こっているかを知る必要がある。この現象を完全に理解しないで対策をすると時間のロスや品質の低下につながる。フーリエ変換赤外分光分析計(FTIR)を使用する分光分析技術は、プラントで起こる事象を正確に理解するためのキー技術である。従来、ガス検知管が使用されてきた。しかし価格は安いが連続測定不可で再現性が低く多成分測定が出来ないという欠点があった。この論文では窒素ガスとエチレンガスを主成分とする工程でのppmレベルの塩酸、炭酸ガス、水分の連続測定について述べている。
エチレンは赤外に強い吸収があり、HCl,CO2,H2Oを定量測定するための新しい手法を開発する必要がある。FTIRと約5mのガスセルを用いて、波数範囲18005000cm-11cm-1の分解能で測定した。エチレンリッチ、窒素リッチそれぞれの流路での予測測定能力は以下:

      窒素リッチ流路      エチレンリッチ流路      
 CO2     ±0.5ppm           ±0.5ppm
 H2O     ±1.1ppm           ±1.3ppm 
 HCl     ±1.0ppm           ±2.4ppm 

定量分析に用いられる検量線は、CLS(Classical Least Square)
で作成された。On-line監視技術は、プロセスの精密な制御と安全監視のために有効である。

 
【読後感】
分光分析機器が実際に私企業の工業用プロセスに使用された例が論文等で出ることは少ない。企業秘密が多い(?)ためか、その利用方法、具体的なシステム構成等が書かれている例は少ない。この論文には具体的システム構成、3日間、4日間の連続測定例が示されている。

2013年10月30日水曜日

<展示会見て歩記>(7);アグリビジネス創出フェア


アグリビジネス創出フェア
2013年10月25日 (10/2310/25 開催) 場所: 東京ビックサイト

【展示会概要】
産学の各機関が農林水産食品分野に関する最新の技術を持ち寄り交流することを通じ、新たなビジネスを創造するための技術交流・展示会(主催者の林農林大臣挨拶より)であるアグリビジネス創出フェアに行ってきた。併設展示にアグロイノベーション2013(農業園芸生産技術展、青果物流通加工技術展の合同展示)があった。農業・食品にはかなり多くの分光分析機器(例えば、果物、砂糖きびの糖度測定、お米の食味等)が使用され、農産物、食品のスペクトルが測定されているので、このような展示会で何か新しい応用、発表はないか?というのが参加の動機だ。
アグリビジネス創出は大学、国公立研究機関、企業、NPO法人等170の出展、。一方アグロイノベーションは約100社の展示でやや規模が小さい。研究機関の展示が多いのはアグリビジネス創出だが、スペクトルの測定事例はそれほど多くない。品種改良のためのDNA解析、操作の研究、人工栽培のためのLED照明とその効果・効率upといった研究が多い。その中でも近赤外線スペクトルによって土壌・堆肥の成分分析を行う装置、レタス・ホウレンソウの葉っぱのスペクトル<可視(0.4μm)から近赤外域(1.1μm)>を測定しケモメトリックス(多変量解析の1種、スペクトルの解析、定量分析のために頻繁に使用される。)結果から野菜中の硝酸濃度を測定する発表があった。又直接スペクトルの測定は行っていないが、メタボローム解析にケモメトリックスが使用された例も見られ、スペクトル以外の大量のデータ解析にケモメトリックスが有効であることが認識されて来たようだ。