2014年1月4日土曜日

<スペクトルあれこれ>(5) スペクトルを用いた定量分析と定性分析(1)


  定性分析は調査する物質の中に「何が含まれているか」を調べ、定量分析は調査する物質に「特定の成分がどれだけ含まれるているか」を調べる。定性分析と定量分析は元々化学で使用されていた言葉だが最近ではビジネスの世界でも使われることがある。特定の会社の主な市場/客先はどこで、今後はどの市場に注力すると言った分析は定性分析、経営指標に基づき利益率が何%昨年より伸びた、シェアが何%等というのが定量分析になる。
  化学的には、成分が何かであることを明らかにすることを同定ともいい、定性分析には同定と化学構造の決定も含まれる。試料の成分が未知である場合は定量分析の前に定性分析を行う。
スペクトルを用いた定性/定量分析は、同じ分析機器のスペクトルから用途に応じて定性/定量分析を行うことになる。

定性分析スペクトルマッチング
   定性分析で使用される基本的な方法の一つにスペクトルマッチングがある。種々の標準サンプルのスペクトルをデータベースとして使い、未知サンプルのスペクトルと標準サンプルの類似度から未知サンプルを同定する。スペクトルマッチングの一例を図Ar5-1Ar5-2に示す。図Ar5-1には標準サンプルのスペクトルと未知サンプルとして標準スペクトルをそれぞれ-10cm-1、+8cm-1ずらしたスペクトルを疑似未知サンプルの
スペクトルとして示した。Ar5-2は標準サンプルスペクトルと少しずつ±に波数をずらした疑似未知サンプルのスペクトルとの相関係数を示す。Ar5-1に示した疑似未知サンプルA, Bスペクトルは、標準サンプルスペクトルとの相関係数が約0.4程度で、未知サンプルA, Bは標準サンプルとは同定されない。
この例では相関係数が0.9以上になるためには標準サンプルとのピークの位置差が2.5cm-1以内に、0.98以上になるためには1cm-1以内になる必要がある。標準サンプルの同定に使用される相関係数しきい値は、それぞれの応用に基づき異なる値が設定される。
    

 
                           
定量分析Classical Least Square
 一方化学の定量分析では、滴定法、比色法等があるが、赤外分光法、近赤外分光法では測定スペクトルにランベルトベールの法則を使用して定量分析を行う。ランベルトベールの法則を用いる定量分析法の基本的なものにClassical Least Square (CLS)がある。ランベルトベールの法則は<文献探索>(2)に述べたが、

  試料に入射する光強度 ‥‥ Ii   試料を透過して出てきた光強度 ‥‥ Io
  試料の濃度 ‥‥ C  、試料の厚さ ‥‥ l 、試料特有の吸光系数 ‥‥ ε とすると、  

  ランベルトベールの法則は、(5Ar - 1)式になる。      log(Io/Ii)=-ε×C×l  …… (5Ar - 1)
  ここでA=-log(Io/Ii)K=ε×lと再定義すると                 A=K×C         …… (5Ar - 2)  となる。
 
Aは吸光度と呼ばれる。あらかじめ特定サンプルのKがわかっていれば、未知サンプルスペクトルの吸光度Aから濃度Cが得られる。 (5Ar - 2)式をn成分がある試料に適用し、複数の成分による吸光度が重ね合わさっていると考えると波数wnにおける吸光度Awnは、(5Ar - 3)式になる。

          Awn=K11C1+K12C2+----+K1nCn ……(5Ar - 3)

複数(m)の波数に対し拡張すると


           A1=K11C1+K12C2+----+K1nCn
                 A2=K21C1+K22C2+----+K2nCn  ……(5Ar - 4)
                 :       :        :
              Am=Km1C1+Km2C2+----+KmnCn

(5Ar - 4)式は、マトリックスでAKCと表現することも可能だ。標準試料を混合した試料からスペクトルを測定し(5Ar - 4)式からKを得て、未知試料の成分を測定する。

5Ar-3に標準サンプルA(45%), B(35%), C(20%)とそれらを合わせた調合サンプルのスペクトルを示す。
(スペクトルはいずれもポリスチレンのスペクトルを加工した疑似スペクトル)

 

3種類の調合サンプルの濃度とスペクトル吸光度(波数161716021581cm-1)から、マトリックス
A=KCは下記のようにあらわされ、マトリックスを求めることが出来る。

                          
                              


Kが求まると未知サンプルのスペクトル吸光度から各成分濃度が、C=invKAとして求めることが出来る(inv(K)Kの逆行列)。 標準サンプルA,B,Cの濃度が、10%, 15%, 45%の疑似未知サンプルスペクトルから、求めたKマトリックスを使用して未知サンプルの濃度を予測すると

               サンプルA ------ 40.1%
               サンプルB ------ 15.0%
                            サンプルC ------ 44.4%
となりほぼ一致する。誤差要因は吸光度Aの値を3桁にしたことが大きい。CLSKマトリックスとも呼ばれ、ランベルトベールの法則による定量測定の基本だが、構成成分がすべて既知であり、マトリックスの逆行列がゼロにならないこと等の制約条件がある。