2014年9月9日火曜日

<スペクトルあれこれ>(7) 分光スペクトルの横軸


分光スペクトルといっても種類がたくさんあり、波長の短い方から言えばX(10-4μm)からマイクロ波(約100μm)の間に各種分光法がある。ここでの話は主に波長0.7μm25μm(波数:14000cm-1400cm-1)を使用する近赤外分光、赤外分光とラマン分光の横軸について述べたい。近赤外分光法、赤外分光法、ラマン分光法は、各種分光法のなかで最も一般的に使用されるものと言って良いと思う。近赤外分光と赤外分光は同じ吸光分光で、試料に光を照射して透過光(場合によっては反射光)の強度を測定し、吸収の程度を照射した光のスペクトルとして表す。 一方ラマン分光法は、上記吸光分光法とは少し異なる。サンプルに強いレーザ光(励起光)を照射すると、照射した光は弾性散乱部分と非弾性散乱部分に分けられる。弾性散乱部分は照射した光と同じ波長の光が散乱されるが、非弾性散乱部分は照射した光と波長の違う光が散乱される。ラマン散乱はこの非弾性散乱の一つである。 ラマン分光で重要なのは、励起光の波長からのシフト量である。これをラマンシフトと呼ぶ。ラマンシフトは物質に固有の振動なのでその物質を同定、構造を調べることが可能になる。
7AR-1に、概念図を示す。ラマン分光には二つの非弾性散乱光が表してある。励起光に対し波長の長い散乱光をストークス光、短い散乱光をアンチストークス光と呼ぶ。分光分析では、一般的にストークス光の方が散乱強度が強いのでストークス光が使用される。



近赤外分光、赤外分光、ラマン分光でスペクトルの横軸の単位、順序が異なることがある。

最初に赤外分光と近赤外分光について述べる。まず赤外分光では、ほとんどの文献/本で横軸の単位は波数(cm-1)で、左側から右側に波数が小さくなっている(降順)。ところが今から30年ほど前の文献では、横軸の単位は波長ミクロン(μm)で、左から右に波長が長くなっている(昇順)。なぜこのように変わったかというと、フーリエ変換型分光器(FTIR)の普及が大きいと思う。FTIRは従来の分散(プリズム、回折行使等使用した)型赤外分光器に比べ、飛躍的に波長の再現性、分解能が優れ、測定波長域も広いため、分散型分光器に代わって急速に普及し、今や赤外スペクトルはほとんどFTIRで測定していると言っても過言ではないだろう。FTIRは、2つの光路に差<光路差(cm)>をつけることにより得られた信号(インターフェログラム)をフーリエ変換してスペクトルを得るため、波数の方が便利である。そのため横軸に波数を用いることが多くなったのだが、従来の分散型による赤外スペクトルを踏襲して波数を降順にしたスペクトルを用いているのだと推測する。
 一方近赤外域では、必ずしも横軸は波数ではない。これは赤外域に比べS/Nの良い受光素子(例えばInGaAsのホトダイオード(PD))が得られ、又スペクトルが赤外域ほど急峻なピークを持たない近赤外域では、分散型分光器が使用可能な場合も多く、FTIR型だけではなく多くの分散型分光器も市販使用されているためと思われる。ちなみにJISでは近赤外スペクトルの横軸は波長(μm)が基本になっている。図7AR-2にポリスチレンスペクトル(赤外域)の波数と波長表示例を示す。
       


ラマン分光の場合は、もう少し複雑だ。上述したように励起光と同じ波長の弾性散乱分を除いたストークス光とアンチストークス光の部分をラマンスペクトルと呼ぶ。(図7AR-1参照)励起光から離れた波数をラマンシフトと呼ぶので、励起光側をゼロにして昇順でスペクトルの横軸を表す場合もある。図7AR-3に硫黄のラマンスペクトルを示す。ほぼ対称の位置にピークがあるが、ストークス光の方が強度が強い。又赤外スペクトルと比較するために横軸を降順で表すことも多い(図7AR-4参照)。最近のスペクトルを扱うソフトウエアは、ほとんど降順、昇順を選択できるので、実際あまり大きな問題にはならないが、文献や本ではその著者の考えで昇順、降順が選択されている。ラマンの場合は、励起光によりスペクトル強度が異なることが多いので、励起光の波長を記載することが多いが、これはnmで表すのが一般的なようだ。  図7AR-3,4では532nmを使用している。